災害時に役立つ防災グッツを集めてみました。あなたも万一に備えて防災対策してみては?
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非常用持ち出し袋 18点セット

非常用持ち出し袋 18点セット

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5,250円 非常用持ち出し袋 18点セット


■桜島地震

桜島地震(さくらじまじしん)は、1914年(大正3年)1月12日午後6時29分、鹿児島県中央部、薩摩半島と桜島に挟まれた鹿児島湾で発生した地震。

概要
桜島大正大噴火の最中に起きた地震であり、噴火開始から約8.5時間後に発生している。通常の火山性地震はマグニチュード6以下であるが、この地震は例外的に規模が大きい。単純な火山性地震ではなくマグマの侵入によって地殻の強度が低下し元々蓄えられていたひずみが解放されたため大地震につながった[1]。

被害
当時の鹿児島市と谷山村(後の谷山市)を中心に死者29名、負傷者111名、住宅の全壊120棟、半壊195棟の被害があった。道路は土砂崩れにより各所で寸断され、特に鹿児島郡西武田村(後の鹿児島市)の天神ヶ瀬戸では県道が高さ約3.6m、長さ約54mにわたって崩壊し20名以上が下敷きとなり10名が死亡した[2]。鉄道は落石や路盤崩壊などにより鹿児島駅 - 重富駅間と武駅 - 伊集院駅間が不通となった。伊集院駅方面は1月13日午後、重富駅方面は1月14日未明に復旧している[3]。地震の揺れによって鹿児島測候所(後の鹿児島地方気象台)の地震計が破損した。小規模な津波が発生しており当時鹿児島湾沿岸にあった塩田が被害を受けた。

市内の混乱
地震発生が桜島大正大噴火の最中であったことから鹿児島市内では住民の不安が加速され、大津波発生などの流言が飛び交い市外へ避難しようとする人々が続出した。

■陸羽地震

陸羽地震(りくうじしん)は、1896年(明治29年)8月31日午後5時半頃に、秋田県と岩手県の県境にある真昼山地の直下で発生した内陸直下型地震である。

マグニチュードは7.2、震源地付近で震度5から6、一部では震度7であったと推定されている。死者は209人、負傷者は736人、家の全壊は4277戸に及んだ。

この地震により、真昼山地の秋田県側には千屋断層、岩手県側には川舟断層がそれぞれ出現した。

■明治三陸地震

明治三陸地震(めいじさんりくじしん)は、1896年6月15日午後7時32分ごろに発生した、三陸沖を震源とするマグニチュード8.5の大地震。

各地の震度は2〜3程度であり、地震による直接的な被害はほとんどなかったものの、地殻の変動は大きなものであったため、津波による被害が甚大であった(津波地震)。

地震発生から約30分後に大津波が三陸海岸沿岸を襲い、岩手県大船渡市綾里で日本の本州で観測された津波では最も高い波高38.2メートルを記録した。

この大津波による犠牲者は約2万人に及んだ。なお、地震により直接的な犠牲になった者はいないといわれている。

この後も三陸海岸沿岸は昭和三陸地震やチリ地震の津波に襲われ、甚大な被害が出た。

被害
人的被害
死者:21,909名
行方不明者:44名
負傷者:4,398名
物的被害
家屋の流失:8,526棟
家屋の倒壊:1,844棟
船舶の流失:5,720隻
その他:家畜、堤防、橋梁、山林、農作物、道路など流失、損壊。

津波
三陸沿岸:高さ38.2m(岩手県綾里)
ハワイ:全振幅2.5m〜9m、若干の被害が生じる。
サンタクルス:高さ2mを観測。

引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

このページの情報は
2006年3月14日0時15分
時点のものです。

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